男性でも女性でも、その内側に必ず「女性性」をもっています。現代社会はあまりにも忙しすぎて、みんな個人で働いて、その「女性性」がないがしろにされているような気がします。前の時代の名残りもあって、社会的には「男性性」のほうが、未だに求められることが多いのです。だから、オラクルカードのテーマとしても「DIVINE FEMININE(聖なる女性性)」はたくさんあっても、「DIVINE MUSCULINE(聖なる男性性)」はあまり見かけることがありません。どちらが軽視されているとか、そういう問題ではなくて、オラクルカードというみえない世界を扱う部分では、特に「女性性」のほうが重視されているという事実なのです。
ですから、ときには「わたしがステキな女性なら?」と問いかけてみることで、その「女性性」の部分を活性化してみるのもいいかもしれません。男性であっても、同じことです。わたしがステキな女性なら、机のうえはもう少しきれいに片づけているのかも。もう少しおしゃれな装いをして、自分のことを大切にすることを忘れないかも。ほんの一瞬だけでも、それを思い出すだけで、自分のなかの大切ななにかに気がつくような気がするのです。
人間のなかには、本当は、男性性も女性性もあります。生物としての肉体だけの問題ではないところです。自分のなかのもうひとつの性を認め、そして、今の性を受け入れること。そこには、平行世界の自分との接点、またそれらが和合した、未来の自分と出会うきっかけがあります。
『Fairies Oracle Deck』 by Eugene Fletcher
陰陽五行による解説
男性からみた「女性性」の話になってしまいましたが、ポイントは「肉体」だけにこだわらない感覚ということでした。「肉体」=「土」なので、そこにこだわることは「土」=「枠」にはまるということです。それを超えていくためには、自分のなかの逆の「性」に目を向けることも、ひとつのヒントになるのです。

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