「手相を見てもらったら、悪いことを言われた」
という話を聞くことがあります。
生命線が短い。
運命線がない。
結婚線がよくない。
そう言われると、
「じゃあ、もう未来は決まっているの?」
と不安になってしまうかもしれません。
でも私は、手相をそういうふうには考えていません。
なぜなら、手相は変わるからです。それも一瞬で。
手相は、一生同じではありません
自分の手のひらを、何年もじっくり観察している人はそれほど多くありません。
だから、
「手相なんて昔から同じじゃない?」
と思うかもしれません。
でも実際に見ていると、線は少しずつ変わります。
濃くなったり、薄くなったり。
以前はなかった線が現れたり。
反対に、気づけば目立たなくなっていることもあります。
私は、ここが手相のすごく面白いところだと思っています。
もし手相が「生まれた瞬間に決まった運命」を示すだけのものなら、ずっと同じでなければおかしい。
でも、変わる。
ということは、手のひらには、
今その人がどう生きているのか
というものも、少なからず現れているのではないかと思うのです。
私は手相を「現在地の地図」だと思っています
地図を見ると、
「今、自分はここにいる」
ということがわかります。
でも、その地図を見たからといって、
「一生ここにいなければならない」
わけではありません。
むしろ現在地がわかるから、
「じゃあ次は、こっちに行こう」
と考えることができます。
手相も、それに近いものだと思っています。
今、少し無理をしている。
最近、自分の方向性が定まってきた。
考え方が以前とは変わってきた。
そうした変化が、手のひらにも少しずつ現れる。
だから私は、手相を「未来を決めつけるもの」ではなく、
今の自分を少し離れたところから見るための道具
として使うほうが好きです。
「当たる・当たらない」だけではもったいない
占いには、どうしても
「当たった」
「外れた」
という見方があります。
もちろん、それも楽しみ方のひとつです。
でも手相の場合、
「あなたはこういう人です」
と言われて終わるだけでは、少しもったいないように感じます。
むしろ、
「今は、こういう状態が手に出ているのかもしれない」
くらいに考えてみる。
そして、
「じゃあ、最近の自分はどうだったかな?」
と振り返る。
その時間そのものに意味があると思っています。
悪い線を探さなくていい
手相を見ると、
「悪い線はありませんか?」
と聞かれることがあります。
でも、私は手のひらを「減点方式」で見る必要はないと思っています。
良い線、悪い線。
成功する手、失敗する手。
そんなに簡単に人間を二つに分けられるものではありません。
今ちょっと疲れているなら、それがわかればいい。
今までとは違う方向に進み始めているなら、それに気づけばいい。
線が変わってきたなら、
「あ、自分も何か変わっているのかな」
と考えてみればいい。
それくらいでも十分です。
手を見ることは、自分を見ること
普段、自分の手をじっくり見ることはあまりありません。
毎日こんなにも手を使っているのに、不思議なものです。
でも手には、その人がこれまで使ってきた時間があります。
仕事をしたり。
誰かに触れたり。
何かを作ったり。
握ったり、離したり。
そういうものを全部やってきた手です。
だから、ときどき自分の手を見る。
そして、
「今の自分って、どんな感じなんだろう」
と考えてみる。
私は、それも手相のひとつの使い方だと思っています。
未来を怖がるためではなく、
今の自分に気づくために手を見る。
そう考えると、手相はずいぶん身近なものになるのではないでしょうか。


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