「自分らしく生きましょう」
日常でも、占いでも、よく耳にする言葉です。
自分らしさを大切にすることは、一般的には良いこととして受け止められています。
しかし、そもそも「自分らしさ」とは何なのでしょうか。
性格でしょうか。生まれ持った才能でしょうか。それとも、これまでの経験から作られてきた価値観でしょうか。
もし「自分らしさ」というものが、あらかじめ決められた性質だとしたら、そこから外れる行動は、自分らしくないことになるのでしょうか。
実は、「自分らしさ」という言葉そのものが、人間の自由を奪うこともあります。
「あなたはこういう人だから」という言葉
占いには、生年月日や生まれた時間などをもとに、その人の性質や運勢を読み解く「命術」と呼ばれる分野があります。西洋占星術や四柱推命などが代表的です。
たとえば、西洋占星術では星座や天体の配置などから、性格や行動の傾向が説明されることがあります。
「獅子座だから、リーダーシップがある」
「水瓶座だから、自由を大切にする」
「乙女座だから、几帳面である」
もちろん、実際の占星術は太陽星座だけで判断するほど単純なものではありません。
しかし、こうした説明は、自分自身を理解するための言葉として広く親しまれています。
ところが、この言葉にはかなり厄介なところがあります。
「あなたはこういう人です」
と言われたとき、その言葉を自分自身の特徴として受け入れるだけなら、特に問題はないかもしれません。
しかし、
「あなたはこういう人なのだから、こうするはず」
「本来のあなたなら、そんなことはしないはず」
という話になってくると、話は変わります。
本当は挑戦してみたいことがある。今までとは違う選択をしてみたい。
それなのに、「自分の性格には合っていないから」と諦めてしまう。
自分を理解するための言葉が、いつの間にか、自分を制限する言葉になってしまうのです。
「自分らしさ」が呪いになるとき
心理学では、自分自身について持っている認識やイメージを「自己概念」と呼びます。
人は、自分の経験だけでなく、周囲の人からの評価や社会的な役割などを通して、自分がどんな人間なのかを理解していきます。
「昔からおとなしい子だった」
「自分は人前に出るのが苦手」
「人に頼るより、自分で何とかするタイプ」
こうした自己認識は、必ずしも間違いではありません。
実際に、これまでの経験をよく表していることもあります。
しかし、それが今後の自分まで決定するとは限りません。
昔は人前で話すことが苦手だった人が、経験を重ねて、人前で話すことを楽しめるようになるかもしれません。
ずっと誰かに頼らずに生きてきた人が、ある日、人に頼ることを選ぶかもしれません。
ところが、「自分はこういう人間だ」という認識が強すぎると、新しい行動そのものに抵抗が生まれることがあります。
「そんなことをするのは、自分らしくない」
という理由で、自分の可能性を狭めてしまうのです。
ナラティヴ・セラピーでは、人が自分自身や人生を理解するときに用いる物語に注目します。
そのなかでも、特定の解釈が強くなり、ほかの可能性を見えにくくしてしまう物語を「ドミナントストーリー」と呼びます。
「自分はこういう人間だ」という物語も、それが強くなりすぎれば、ほかの自分を見つけることが難しくなります。
そして、誰かから与えられた性格の説明が、その物語をさらに強化してしまうこともあります。
本来、自分を知るために使っていたはずの言葉が、自分を縛る。
それは、ある意味で「呪い」と呼べるものなのかもしれません。
「やっぱり水瓶座だね」という後出しの解釈
もうひとつ、占いにおける性格の説明には、考えておきたい問題があります。
それは、自分の意志で選んだ行動まで、占いの理論によって説明されてしまうことです。
たとえば、長い時間をかけて悩み、考え、努力して、仕事を辞めて独立する決断をしたとします。
その話を聞いた人から、
「やっぱり水瓶座だね。自由を求める性格だから」
と言われたら、どうでしょうか。
そう言った本人には、悪意はないかもしれません。
むしろ、相手の性格を理解しているつもりなのかもしれません。
しかし、その決断に至るまでには、さまざまな経験や葛藤があったはずです。
勇気を出して選んだこともあれば、諦めたこともあったでしょう。
それなのに、その選択が「もともとそういう性格だから」という一言で説明されてしまう。
これでは、本人の意志や努力が、最初から決まっていた性質の結果であるかのように扱われてしまいます。
さらに問題なのは、どんな行動でも、後から性格の説明に結びつけられることです。
独立すれば「自由を求める性格だから」。
同じ会社で働き続ければ「自分の信念を大切にする性格だから」。
どちらの選択をしても、「やっぱりあなたらしい」と説明できてしまう。
心理学では、曖昧で一般的な性格の説明を、自分に特別に当てはまるものとして受け取りやすい現象を「バーナム効果」と呼びます。
また、自分の考えに合う情報を重視し、合わない情報を見落としやすい傾向は「確証バイアス」と呼ばれます。
占いの性格解釈でも、こうした認知の働きが関係することがあります。
もちろん、だからといって、占いによる性格の説明がすべて無意味になるわけではありません。
ただし、どんな行動も後から説明できてしまうのであれば、その説明によって何が新しくわかったのかを考える必要があります。
そして何より、人間の選択を、あらかじめ決められた性格だけで説明しきる必要はないはずです。
性格を知ることと、未来を決めることは違う
人間には、それぞれ異なる性格や行動の傾向があります。
心理学でも、性格特性にはある程度の持続性があることが知られています。
しかし、それは人間が生涯にわたって変化しないという意味ではありません。
性格には比較的安定した側面がある一方、経験や環境、年齢などによって変化する側面もあります。
また、同じ人であっても、状況によって行動は変わります。
家では静かな人が、仕事では積極的に発言することもあります。
普段は慎重な人が、大切な場面では大胆な決断をすることもあります。
それらのうち、どれかひとつだけが「本当の自分」なのでしょうか。
人間の行動は、性格だけでなく、そのときの環境や目的、人間関係、本人の判断など、さまざまな要因によって生まれます。
だからこそ、過去の傾向を知ることと、これからの行動を決めつけることは、分けて考える必要があります。
「今までは、こういう傾向があった」
ということと、
「これからも、そうでなければならない」
ということは、まったく違うのです。
占いは、人間を分類するためのものなのか?
占いには、さまざまな体系があります。
生年月日などから読み解く命術。
カードや易など、そのときに現れた象徴から読み解く卜術。
手相や人相など、形や特徴から読み解く相術。
それぞれに異なる歴史や考え方があり、どれかひとつが正しいというものではありません。
また、命術であっても、人間の可能性を固定するのではなく、変化や選択を重視する読み方はあります。
大切なのは、占いの種類そのものよりも、その結果をどのように扱うかということでしょう。
占いによって、
「あなたはこういう人だから、こう生きるべき」
という答えが与えられるのであれば、それは本人の可能性を狭めてしまうことがあります。
一方で、
「これまでとは違う見方もできるのではないか」
「ほかにも選択肢があるのではないか」
と考えるきっかけになるのであれば、占いは新しい可能性を見つける道具にもなります。
たとえば、タロットカードに描かれた象徴は、相談者の性格や過去の経験によって変わるわけではありません。
目の前に現れた象徴を観察することで、自分の中にある決まった解釈とは違う見方に出会うことがあります。
もちろん、カードの解釈にも読み手の先入観が入り込むことはあります。
それでも、自分の外側にある象徴を通して、自分がまだ考えていなかった可能性を探すという使い方ができます。
占いが人間の可能性を広げるものであるなら、あらかじめ決められた答えを与えることだけが、その役割ではないはずです。
自分らしさは、最初から決まっているものではない
ここまで考えると「自分らしさ」という言葉の意味も少し変わってきます。
一般的には、自分らしさというものが最初から存在していて、それに合った生き方を探すように考えられることがあります。
しかし、逆に考えることもできます。
自分らしさが先にあるのではなく、自分が選び、行動し、経験してきたことによって、自分らしさが作られていく。
これまで静かに過ごしてきた人が、新しいことに挑戦する。
ずっと誰かを支えてきた人が、自分自身のために何かを始める。
以前は嫌いだったものを、いつの間にか好きになる。
どれも、これまでの自分と矛盾しているように見えるかもしれません。
しかし、その変化もまた、自分自身の経験です。
昨日までの自分と違う選択をしたからといって、自分らしさを失ったわけではありません。
むしろ、その選択によって、新しい自分らしさが生まれたとも考えられます。
人間は、過去の自分と一貫していなければならない存在ではありません。
変わることも、変わらないことも、自分で選んでよいのです。
「自分らしく生きなければならない」という新しい呪い
そして、もうひとつ気をつけたいことがあります。
それは、「自分らしく生きよう」という言葉自体が、新しい義務になってしまうことです。
「本当の自分を見つけなければならない」
「自分らしい生き方を選ばなければならない」
「他人に合わせてはいけない」
こうした考え方も、強くなりすぎれば、自分を縛るものになります。
人に合わせることを選んでもいい。
誰かの期待に応えたいと思ってもいい。
これまでと同じ生活を続けてもいい。
もちろん、まったく違う生き方を選んでもいい。
その選択が、自分の価値観や置かれた状況の中で納得できるものであれば、必ずしも「本当の自分」という答えを探し出す必要はありません。
自分らしさを守るために生きるのではなく、生きていくなかで、自分らしさが形作られていく。
そのように考えれば、「自分らしさ」という言葉に縛られる必要もなくなります。
「自分らしさ」に従う必要はない
生まれたときから、すべての選択が決められているわけではありません。
これまでの経験や性格が、これからの行動に影響することはあります。
しかし、それだけで未来のすべてが決まるわけではありません。
人間は、過去の自分とは違う選択をすることができます。
自分自身についての考え方を変えることもできます。
そして、その選択によって、また新しい自分が作られていきます。
「あなたはこういう人だから」
という言葉が、これからの自分を決める必要はありません。
占いも、性格診断も、自己理解も、本来は自分を知るための手がかりであって、自分を閉じ込めるためのものではないはずです。
「自分らしさ」とは、最初から用意されている正解ではありません。
これまで生きてきたことも、これから選んでいくことも、そのすべてが自分自身を形作っていきます。
自分らしさに従って生きる必要はありません。
生きていること、そのものが自分らしさなのです。
だからこそ、人間は自由なのです。


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