オリジナルスクリプトのセッションをさせていただいていると、
「なんで、こんな文章が書けるんですか?」
と驚いていただくことがあります。
ありがとうございます。
そう言っていただけるのは、とても嬉しいです。
ただ、これに対して私が答えられることは、正直なところ、
「思いついたから」
くらいしかありません。
もちろん、文章を書くために考えることはあります。ご相談いただいたテーマもありますし、言葉の意味や象徴について考えることもあります。
でも、それだけで全部を書いているわけではありません。
書いている途中で、
「なぜ今、これが出てきたんだろう?」
と思うような言葉や風景が、突然出てくることがあります。
そして実は、この感覚、スクリプトだけではありません。
整体でも、占いでも、同じことが起きています。
「なんで今、それを思いついたんだろう?」
整体をしていて、なぜか、いつもとは違うところに手を置いてみたくなったり、少し変わった動きを入れてみたくなったり、することがあります。(施術中によく咳払いをすることもありますが、あれもそうです)
占いをしていて、カードを見た瞬間、一般的な意味とはまったく関係なさそうな言葉が浮かんでくる。
相談を聞いている途中で、
「なんで今、こんなことを思い出したんだろう?」
ということが頭に浮かぶ。
自分でも、その瞬間にはよくわからないことがあります。
以前は、そこに理由を探そうとすることもありました。
「これは、こういう意味なんじゃないか」
「きっと、これを象徴しているんだ」と。
でも、やっているうちに気づきました。
その場で、わからなくてもいいんじゃないか。
意味をつける前に、やってみる
もちろん、思いついたことを何でも無条件に信じればいい、という話ではありません。
特に身体に触れる仕事では、安全性や知識を無視することはできません。
でも、その範囲の中で、
「なんとなく、こっちが気になる」
という感覚まで、すぐに理屈で消してしまわなくてもいいと思っています。
なぜ思いついたのかを考える前に、少しだけ従ってみる。
すると、あとからつながることがあります。
整体なら、そこに触れたことで別の場所が変化する。
占いなら、最初は意味不明だった言葉が、そのあと相談者さんのお話とつながる。
スクリプトなら、何気なく書いた風景や言葉に、ご本人だけがわかる意味があったりする。
その瞬間、
「ああ、だからこれだったのか」
と、あとから意味が追いついてくる。
この感じがとても面白いのです。
「意味があるから思いつく」のか?
ここで私は「無意識がすべてを知っている」とまで言いたいわけではありません。
本当のところは、わかりません。
偶然かもしれない。
今まで見聞きしたものが、どこかに残っていただけかもしれない。
その場の情報を、自分でも気づかないうちに拾っているのかもしれない。
あるいは、本当にただの思いつきかもしれません。
でも私は最近、
「意味があるから思いついた」と考えるより、「今思いついたのだから、いったん意味があるものとして扱ってみる」
くらいが、ちょうどいいと思っています。
これは、似ているようで少し違います。
最初から正解だと決めつけない。
でも、最初から無意味だとも決めつけない。
とりあえず、置いておく。
すると、そのあとにつながるものが出てくることがあります。
私たちは、思いついた瞬間に消している
普段の生活でも、これは結構あると思います。
「あの人に連絡しようかな」と思ったのに、
「いや、用事もないし」とやめる。
「これをやってみたい」と思ったのに、
「でも現実的じゃないし」と消す。
ふと昔のことを思い出したのに、
「なんで今さら」と流す。
私たちは、何かを思いつくことよりも、思いついたものを消すことのほうが上手なのかもしれません。
理由がわからない。
役に立つかわからない。
説明できない。
だから、採用しない。
でも、説明できるようになってから拾おうと思っていると、その頃にはもう消えてしまっています。
スクリプトは、それを消さずに書いている
私がオリジナルスクリプトを書くときにしていることも、ある意味ではとても単純です。
浮かんできたものを、できるだけ途中で消さない。
海が浮かんだら、海を書く。
月が出てきたら、月を書く。
なぜか階段を降りたくなったら、降りてもらう。
そこで、
「海は○○の象徴だから」
「月には○○という意味があるから」
と、全部を先回りして説明しようとはしません。
むしろ説明しすぎると、最初にあったものとは違うものになってしまうことがあります。
だから、できるだけそのまま置いておく。
私はこれを、
「無意識の純度を、なるべく下げない」
という感覚でやっています。
書いている私にも、わからない
だから、完成したスクリプトについて、
「この部分には、どういう意味があるんですか?」
と聞かれたとしても、全部を説明できるとは限りません。
というより、
私にもわからない部分があります。
でも、それでいいと思っています。
作った本人が全部説明できることだけが、いい文章ではありません。
占いも同じです。
整体も同じです。
その場ではわからなかったものが、数日後にわかることもあります。
本人にだけにしか、わからないこともあります。
そして、最後までわからないもの(理屈では説明のしようがないもの)だってあるでしょう。
それを無理やり、
「これは○○を意味しています」
と説明してしまうより、
わからないものを、わからないまま残しておく。
私は、その余白も大切にしています。
「今」浮かんだことを、少しだけ残してみる
直感というと、何か特別な能力のように聞こえます。
でも、そんな大げさなものではなくてもいいと思います。
ふと気になった。
なぜか思い出した。
なんとなく、こっちだと思った。
理由は説明できないけれど、妙に引っかかる。
そんな小さなものです。
全部に従う必要はありません。
全部に意味をつける必要もありません。
ただ、「なんでこんなことを思ったんだろう?」と思ったときに、すぐ捨てずに少しだけ覚えておく。
それだけで十分です。
あとから何かとつながったとき、
「ああ、あれはこれだったのか」とわかるかもしれません。
そして、何にもつながらなければ、それはそれでいい。
だから私は、スクリプトを書くときも、占いをするときも、整体をするときも、
「ここで、これを思いついた」ということ自体を大切にしています。
それがいったい何なのか。
本当のところは、私にもわかりません。
でも、わからないから捨てるのではなく、わからないまま少し置いておく。
その余白から、あとになって思いがけないものが見えてくる。
私は、その瞬間がとっても好きなのです。


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