誰かが自分のことを悪く言っているらしいって聞いて、ひどく落ち込んだりすることがあります。別に、わざとなにか傷つけようと思ったわけでも、理屈に合わないようなことをやらかしたわけでもないはずです。それだけに、その批判を受け入れられなくて、余計にツラいと感じてしまうんです。
でも、考えてみれば、わたしのことを悪く言っているらしい、そのひとは、わたしのことをほとんど知らないんですね。まぁ、誰であっても、例え親であっても、わたしをすべて知ることはできません。そう、自分も自分で、自分のことがわかっていないのが人間ですから、他人のことをわかったつもりで批判するなんてもってのほかなんです。だから、誰になにを言われようが「それだけで言われてもね?」だし、それはわたしのほんの一部に過ぎないから、重たく、大きく捉える必要もないんです。
悪く言われたり、批判されたりしたとき、「ふーん、それはわたしの一部だからねー。なんにも知らないでしょ?」とサラリと流すことができたとき、わたしの器がグッと大きく広がります。それを一部と認めることは、わたしはもっと大きい器を持っているということ。だからこそ、「それがどうした?」って余裕で返せるのです。
『Angelic Activations Oracle』 by Kyle Gray
陰陽五行による解説
物事にはすべて「陰」と「陽」があります。つまり、見せている部分があれば、見せていない部分もあるということです。それはどこまでいっても、そうならざるを得ないのです。自分でも認めていないような「裏」の部分も含めて自分を認識したとき、自分の器はとても大きくなります。

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