毎日、こんなブログを書いているけれど、ふと「なにも浮かんでこない」「なにを書いたらいいのかわからない」って思ってしまうときがあります。普通だったら、単純に「たまたま調子が悪いだけでは?」「また明日からがんばればいいや」って考えるけど、その裏にはなにかもっと深いものがあるような気がしていました。
なぜだかブログが書けない、がしばらく続いた後で、自分の心に「どうして書けないの?」と聞いてみます。すると、心は「自分の意見を表現するのが苦手」といいます。でも、このブログも一年以上続けているし、自分の意識としては「表現が苦手」ってことはないので、心に「表現するのが苦手なのはどうして?」って聞いてみます。すると、心から「理解されない恐怖」と出てきて「なるほど!」となりました。
わたしが書いているこの文章は、自分の経験をもとにしたり、今、自分が気がついたことをできるだけリアルに書いています。そのため、この文章を理解されないことは、自分のことを理解してもらえないということであり、自分の存在自体を否定されたような気分になってしまうわけです。
でもね、理解してくれないひとたちがいる反面で、理解してくれて、待ってくれているひとたちもいるんです。文章のベースになるのは、自分の体験だけど、わたしが毎日こうして書くことができるのは、そんなひとたちとつながって、そんなひとたちのために表現することが求められているから。それに、そもそも「わたし」という存在は、ほかのどこにもいないから、わたしを100%で理解してもらうって、まぁ不可能な話なんです。わたしはわたし。それでいい。
『Soul Helper Oracle』 by Christine Arana Fader
陰陽五行による解説
「理解される」ということは、自分の意見が他と同じであることの裏返しであると考えられます。みんなも知っている内容であればあるほど、それは「理解され」やすいということになりますね。そのため、その意見はさして新しいものではなく、それなりの「常識」であるということになります。そのため、このときの意見は、陰陽五行では「土」に象徴されます。しかし、本来の自分を発揮していくことを考えたとき、その「土」から抜け出していくことが求められ、そのためには、自分の意見を惜しげもなく「表現」していくことが重要であるとわかります。そこに理解を求めていては、いつまでも「土」から抜け出すことができないのです。
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