自分は別になんにも感じていなかったはずなのに、なぜだか突然不快感に見舞われることがあります。あれ、さっきまでの穏やかな気持ちはどこにいったの?どうしてこんなに機嫌が悪いみたいになっているんだろう?
そんなときにふと親の顔が浮かんだり、昔の不快な記憶が蘇ったり、自分がニュートラルな感覚ではないことに気がつきます。そこで「これって、もしかして、自分の不快感ではないのかも?」と思ってみると、フッと落ち着いていったりするんです。そう、わたしって、案外周囲の不快感を請け負って、自分のものにしてしまっている。他人の苦しみを、さも自分の苦しみのように感じて、それをなんとか解消してあげようとしてしまうんです。
でも、それはあくまで他人の不快感。だから、わたしがなんとかしようとして、なんとかなるものではないんです。ちゃんと相手にお返しして、自分で処理してもらうしかない。わたしには、その不快感が、わたしのものではないということに気がついて、「お返しします」と宣言することしかできません。わたしが誰かの不快感を感じてあげる必要は、これっぽっちもありません。
『Crystal Wisdom Healing Oracle』 by Judy Hall
陰陽五行による解説
「誰かの不快感」を感じ取ってしまうのは、自分と他人の区別があいまいになってしまっているからです。他人との「区別」をつけるのは「枠」なので、陰陽五行では「土」に象徴されます。一方で、その「区別」がなくなってしまうのは、それが剋されるということなので、「木」=「思い」が強くなっている状態であるとわかります。つまり、自分の「思い」が暴走していることが、「枠」をなくし「他人」との区別をなくしてしまうわけで、「思い」の方向を変えることがポイントなのです。

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