物事には、中立なものしか存在しません。それに対して意味付けをするのは自分だけであり、その意味は、ひとによって異なります。誰かにとってはアンラッキーでも、別の誰かにとってはラッキーであることはぜんぜんあり得ることなのです。
目の前で起こったことが「イヤだー」と感じたら、いったん「いや、もしかしたら、ラッキーでは?」と解釈を疑ってみる。パッと見「そんなバカな」と思うかもしれませんが、いやいや、実際、ラッキーだって思えてくるんです。「レジの待ち列が長かった」ことがアンラッキーだと思ったとしても、商品を雑に扱うあの店員さんのレーンに並ぶよりはずっとよかったかもしれません。もっと視点を広くするなら、そこで時間がかかったことで、渋滞に巻き込まれなかったり、事故にあわずに済んだかもしれない。改めてポジティブに考える必要はありませんが、物事はすべて中立であって、それは自分の見方によって、意味が変わるんです。
だから、「イヤだー」と思ったときこそ、「それって本当にイヤなこと?」と問いかけてみる。すると、それほど大きな問題ではなかったことに気がつきます。物事はすべて中立であって、最初から「イヤな」ことなんて存在しないんです。ただ、そこにあるだけ。ただ、それを受け入れるだけです。
『Wisdom of the Wild Things Oracle』 by Angi Sullins
陰陽五行による解説
本来は「中立」である物事を「判断」してしまうことは「白黒つける」ことであり、これは「金」に象徴されます。「金」は「木」に対して「金剋木」(やっつける)関係があるので、「金」=「判断」することは、「木」=「(無限の)可能性」を潰すことになります。つまり、判断している限り、たくさんある未来の無限の可能性を潰してなきものにしてしまうのです。

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